*本記事はParfums GivenchyのWEBコンテンツとして掲載された筆者記事の転載です
*本記事に関する詳細はこちら
Read this article in English

ジバンシイ メイクアップ アンド カラー アーティスティック ディレクター、ニコラ・ドゥジェンヌ。ジバンシイ製品の色を創り、革新的なアイテムを生み出し続けている、フランスの“色の魔術師”である彼が、日本の“色の魔術師”たちを訪ねて、秋の京都を巡る旅に出ました。

* * *

京都、秋晴れの朝。パルファム ジバンシイ 日本支社長のジュリー コアン・オリヴィエと共に、西陣織の糸染を手掛ける今江染色を来訪。

澄んだ朝の光が差し込む客間で、京の和菓子とお茶をいただきながら、お話を伺いました。西陣織の伝統と糸染について、染色産業の現在とこれから、ニコラが創造するメイクアップの世界について……
美味しいお菓子とお茶に話も弾みます。

今江染色の二階で西陣織のコレクションを見せていただきました。
数百年前の図案を用いたものからモダンなデザインのものまで、大量に積み上げられた色とりどりの織物はまさに宝の山。ニコラも思わず「ここに一週間泊まり込みたい!」と呟いたほど。

鮮やかな光の変化に、子供のように夢中で見つめていました。こんな旅の出会いからもインスピレーションを得て、また新たなクリエイションが生まれるのかもしれません。

ニコラが特に魅了されたのは、こちらの光輝く帯。モダンな幾何学図案にホログラムが施され、陽の光にかざすと万華鏡のように表情を変えます。

実際の染色作業を見せてくださった糸染の職人さんは御歳80歳。

染料の調合はすべて頭の中に入っているそうで、秤も目盛りのついた匙も用いずに、経験と感覚のみであらゆる色の注文に応えてしまいます。その熟練の技術に若手職人はとてもかなわなず、コンピューターの精度をもはるかに凌ぐとのこと。

湯気を上げる、染め上げられたばかりの糸たち。朝に注文が入るとすぐに染め作業に入り、夕方には出荷されていくのだとか。その仕事の速さに感嘆させられました。

目を輝かせて作業を見つめ、熱心に質問を重ねるニコラに快く応えてくださった職人さん。言葉が通じないはずなのに、あっという間に距離を縮めた二人。

色を扱うプロフェッショナルの間には、国境も言葉の壁もないのかもしれません。普段は寡黙な職人さんが笑顔を見せる様子に、今江染色社長の今江氏も驚いていました。

糸染に使用される染料に興味津々のニコラ。
許可をいただくとすかさず手に取り、いつも持ち歩いているノートの上で発色を試します。

研究熱心なニコラのこうした日々の好奇心と情熱から、ジバンシイのクリエイションは生み出されているのです。

西陣から嵐山に向かい、お昼をいただいたのは、渡月橋で知られる桂川のほとりに立つ「天ぷら 松」。きりりと冷えた日本酒と一緒に、季節を感じる美しい料理の数々をいただきました。フランス料理の名シェフ、アラン・デュカス氏も常連の一人だとか。

季節のお魚に無花果、むかご、青紫蘇のソルベ……。美味しいばかりでなく、盛りつけまで鮮やかに美しいお料理に感激しきりです。器にもこだわりが深く、北大路魯山人や河井寛次郎、貴重な骨董の器がさらりと登場することも。

午後は、風光明媚な嵐山の千鳥ヶ淵を臨む染色工房、嵐山祐斎亭を訪ねました。この美しい建物は、かつて川端康成が逗留し、小説『山の音』を執筆したことでも知られる名旅館だったそう。

木々の緑が鮮やかなお部屋で、染色作家の奥田祐斎氏にお話を伺いました。

祐斎氏が手掛ける「夢黄櫨染(ゆめこうろぞめ)」は、天皇家に伝わる日本独自の染色である「黄櫨染(こうろぜん)」の研究から誕生した奇跡の染色法。その神秘的なエピソードに引き込まれます。

光を受けるとその色を劇的に変える「夢黄櫨染」は、まるで魔法のよう。ギャラリーではライトアップされた作品が闇の中に浮かび上がり、その幻想的な美しさに感嘆の声を上げました。

中央の大きなタペストリー作品は、パリのルーブル美術館で展示されたもの。

薄衣のストールは、光にかざすと淡い赤から黄、緑、青への美しいグラデーションが鮮やかに。その繊細な色合いに「これはまさに僕のプリズムの世界観に通ずる…!」と感動の表情を浮かべました。

手染めの実演を見せてくださった奥田祐斎氏。現代アートのライブペインティングのような鮮やかな手技に、一同の目は釘付けに。

色鮮やかに流れるように描かれた、奥田祐斎氏の手染め作品。

工房に並ぶ、奥田祐斎氏愛用の筆と染料。祐斎氏いわく「日本の手染めは水と布と染料の調和が生み出すものであり、自然の力が7割、残りの3割が染め師の力」なのだそう。

ノートに「夢黄櫨染」の染料を試すニコラ。すぐに色を重ねても滲まず、それぞれが干渉せず鮮やかに発色する様子に「こんなものは見たことがない!」と驚いていました。

様々な作品を見せてくださった奥田祐斎氏に、自身が手がけるジバンシイのクリエイションを紹介するニコラ。女性の美を引き出すメイクアップと染色の共通点、色と創作について、こうしてお互いが出会えたことへの喜び……アーティスト同士、話は尽きません。

夕暮れの時刻、西陣織の平箔の伝統工芸士であり、箔工芸作家の裕人礫翔氏のアトリエを訪ねました。

裕人礫翔氏は、京都・西陣が育んできた箔工芸の技術を様々な分野に展開し、アート作品制作の他、建仁寺の「風神雷神図」をはじめとする様々な文化財の高精細複製や修復に取り組んでいらっしゃいます。

箔の深い魅力について教えてくださった礫翔氏。

一見遠いように思われる箔とメイクアップの世界ですが、個性を持つ素地に合わせ、主役となる華をいかに生かし、その魅力を引き立てる下地となるか……伝統工芸における箔もメイクアップにおけるファンデーションもまさに同じ考え方に立つものだということが分かり、その共通性に話が盛り上がります。

礫翔氏のアトリエにて箔作品のアーカイブを見せていただきました。 「ひとつひとつが素晴らしいアート作品だね」と感激するニコラ。

エンボスを施した箔作品。
礫翔氏いわく、熱によって刻々と変化していく箔の反応を思うところで止めることにより、自在な表情をつくりだすことができるのだそう。

作品の一枚一枚に感嘆し、その繊細な色と美しさに時間も忘れて夢中で眺めていました。箔表現の多彩さに驚きながら、たくさんのインスピレーションを得られたようです。

揺らめく蝋燭の光の下で屏風を見せていただきました。

礫翔氏いわく「現代では箔を派手派手しいと嫌う人もいるけれど、本来箔というものは陽の光と夜の燭台の灯、そうした自然の光と闇の中で眺め、愛でてきたもの。煌々と照らす現代の照明の下で眺めれば、当然まばゆく輝きますが、それでは箔の本当の魅力は分からないのです」

まさに谷崎潤一郎が『陰翳礼讃』で論じた日本の陰翳と幽玄の世界。その美しさに言葉を失います。

今回のニコラの旅の実現にあたり尽力してくださった裕人礫翔氏。日本を深く愛するニコラと京都の職人さんや作家さん方とのご縁を喜び、再会を固く誓い合いました。

夜は祇園へ。秀吉の妻、ねねの終焉の地として知られる圓徳院。色づき始めた庭は、静寂の中で幻想的な光に照らされていました。

庭を臨む書院に静かに佇み、涙を浮かべたニコラ。その美しさに感動しながら、今回の旅で発見した日本の色と文化、人々との出会いも思い返していたのかもしれません。

これまでも旅を通して多くのインスピレーションを得てきたニコラですが、日本の“色の魔術師”たちを訪ねた今回の旅は、たくさんのインスピレーションと新たなアイデアに溢れた、忘れられない旅になったようです。

[ニコラ・ドゥジェンヌ プロフィール]
映画やTVの世界で活躍していた彼は、1999年、ジバンシイのメイクアップ アンド カラー アーティスティック ディレクターに就任以降、「エレガンスと大胆さの共存」というジバンシイのテーマにモダンなタッチと光のマジックを吹き込み、メイクアップのルーティーンを変えてしまうような独創的なクリエイションを生み出してきました。

Photographs and text by Jun Harada

*本記事に関する詳細はこちら